2012年

8月

08日

「住職に、門徒の声に耳を傾けてほしい」ある門徒総代からの切々たる訴え

 先日、御門徒の方より、匿名希望でメッセージをお寄せいただきました。
 投稿ということでアップいたします。 

 私は3年前から門徒総代を輪番でさせていただいているものです。
 檀家個数30戸余の非常に小さな檀家です。
 総代就任までは(良くないことですが)全くお寺の行事には無関心、無知でした。

 

 前住職は高齢で、入退院を繰り返し、それが主な理由で、引退されました。

  後継者がいなかったため、現在の代務住職になったのですが、檀家には、代務の指名などについて、事前に何の相談もありませんでした。

 

 意中の住職が同組内の別寺にあり、前住職には 代務の指名するときには 総代に事前に言って欲しいと言っておりましたが、どんな事情があったのか、総代には何の連絡もなく、既に住職会での決定事項として、代務住職の決定を受け入れざるを得ませんでした。

 

 代務住職の決定を知らされる前に、たまたま 墓地移転の時期と重なり、その意中の住職にお性根抜き、入れを依頼しました。

 そのことが住職会に知れ、代務住職がいるのに、他の檀家の依頼を受けたということで、その住職はひどく批判されたとのことです。

 

 檀家としては、代務住職の決定を知らず、お勤めを依頼したまでです。

 

 依頼した住職は何も仰いませんでしたので、代務住職決定の時期や、通知の詳細は分かりません。 

 

 最初からそのようなことがあり、その後も、色々トラブルが続いております。

 

 3名いる門徒総代の一人が亡くなり、代務住職にお勤めをしていただいたのですが、法名を、現在の檀家としてではなく、代務住職のお寺の檀家として本山に届けられていました。

 その家の遺族が訂正を依頼したのですが、「もう済んだことやから、ええやないか」と言われるばかり。
 遺族にすれば、門徒総代任期中に、よそのお寺の檀家扱いで法名をもらうなど、心外も甚だしいと悔しがっておりますが、代務住職にはまったく取り合ってもらえません。
 

 

 また、そのお葬式の際にもトラブルがありました。
 当家の親戚の里から住職を呼んでおり、導師である代務住職に前夜の挨拶の連絡がなかったと、遺族、親戚の面前で恫喝、土下座までさせました。
 住職同士のマナーの問題でしょうが、遺族の面前でヤクザのような物言いでやることではないはずです。
 

 

 その後、檀家内で 別のお葬式がありました。
 遺族は祭典場と斎場を先ず予約し、それから当代務住職に連絡を入れました。
 そうしますと、その時間は都合が悪いから 祭典場、斎場の時間の変更をするように言われました。
 順序として、住職に先ず連絡するのがあるべき順序といわれればその通りなのかもしれませんが、親が急逝した遺族を叱りつけ、「住職がいなければお葬式はできないんだぞ」と捨て台詞を吐いて帰ったと聞きました。
 代務住職を決定した時には、
『代務住職が自分のお寺のお勤めで時間がとれない時は、責任をもって 組内の他住職に頼んでくれる』
という約束でしたが「遺族が順序を間違えたことが悪い」の一点張りでした。

 

 お通夜のお勤め、お髪剃り、法名をいただくところまではこの代務住職にしていただいて、そのあとお葬式の時間でもめたということでした。
 遺族は、代務住職の言葉に感情的になり、祭典場の懇意にしているお寺さんを紹介していただき、葬式を勤めてもらいました。
 そのお寺さんは別の組に本坊があり、祭典場近所には支坊がありますが、本山には無届けで、いわば もぐりのお寺さんとのことです
 そのことを知った組は「檀家さんが、そのような お寺にお勤めをしてもらうことはあってはならないこと」とのことですが、遺族は、代務住職の顔も見たくない状態で、今後の逮夜は、副組長さんがお勤めをすることで、納得していただきました。

 その他、細々したことは いい始めたらキリがありませんが、問題は 代務住職の傍若無人とした態度と口の悪さです。 組長さんたちにいくら言っても「口は悪いが根は悪い人ではないから」と言って、真剣な対応は期待できません。
 檀家内では、そんな代務住職の態度の悪さは知られており、月忌をお願いしたい家はありますが「あの住職では嫌だ」という家ばかりで、月忌はストップしています。
 

 

 代務住職就任直後の話では、
「お寺ごとにやり方は異なる。代務住職としては自分のやり方でやるが、あなた方のやり方で要望があれば言ってくれれば合わせないことも無い」
ような言い方でしたが、何を言っても、とにかく問答無用で聞いていただけません。

 また、法事で10分少々のお経で終わられたり、お経の本を忘れてきたりされたら、本当にがっかりします。
 この件も、組長に訴えても、こちらの檀家のお年寄りが昔からのやり方を意味もわからずに是としているだけで、代務のやり方は特に問題ないと、聞き入れていただけません。
 誰が聞いても問題だから訴えているのに、本当に残念です。 
 

 

 このような状況を打破するには 正住職を探せばよいのですが、30数戸の檀家では、専従では生活できず、今まで何人か当たりましたが、経済面での問題がネックになり、見つかっておりません。
住職としての収入を当てにしなくても良い状況の方が見つかるまでは何ともならない状態です。

 

 私の家も今年 母親の17年の法事がありますが、正直 今の代務住職にはお勤めをお願いすることを迷っています。

 恐らく気分の悪い思いをするだろうと思うと気が重いです。
 さりとて、他寺の住職にお願いすることもできません。
 いっそのこと、住職抜きで 法事を行うことも考え始めています。

 

 非常に 冗長な文章になり 申し訳ありません。
 このような状況にありますが、ご意見、アドバイス、(打開策があれば一番ありがたいのですが)お願いできましたら、幸甚です。

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2011年

7月

19日

父の一周忌に思う「住職はこれで良いのか?」

先日、浄土真宗の御門徒の方からお聞きしたことです。

 

お父様を亡くされ、浄土真宗とご縁があったので、葬式やお墓のことなど、お世話になったそうです。

 

ところが、お父様の一周忌で、今の住職とぶつかったというのです。

次のような内容でした。

 

* * *

 

先日、父の一周忌法要を執り行いました。
亡くなった先代のご住職は、法話に熱心な方でしたから、法要では何かお話を聞かせていただけるものと思っておりました。


ところが、今のご住職(跡取り息子)の言動にはビックリでした。

みんなでお経を読んだのですが、ご住職が言うには、

「お経の意味なんて分かる必要はない」とのこと。
 
そうは言われても、私も意味を知りたいものですから、

「どんなお経なんですか?」

と聞いてみると、適当な感じで、
「前向きに生きていこう、みたいな内容です」

と言われます。

 

続けて、
「お経は慣れです。読めればそれでいいんです。意味はわかる必要はありません」

と強調するので、それ以上は何も言いませんでした。


私の態度に何を思ったか、ご住職は
「だいたいねぇ、霊魂なんてものは存在しないんですよ」

と話し出しました。

 

「死んだらそれで終わり!」

と言うのです。

 

父の一周忌にそんなことを言われたものですから、

「それでは、いったい何に対してお経をあげているんですか?」

と質問すると、ご住職は、

「そんなの、家族なんですから供養してあげたいってことで、あげてるんでしょ?

 気持ちの問題ですから、それでいいんじゃないですか?」

 

あまりに悲しくなる回答に、続けてご住職は言われました。

「あのね、死んだらすぐに仏様になるのが浄土真宗なんですよ」

 

さっきのご住職の言葉に矛盾を感じたので、

「死んだら終わりと先ほど言われましたが、死んだら何が仏様になるのでしょう?」

とたずねると、

「魂ですよ」

とご住職は答えました。

 

「霊魂なんてない」と言っていたことと矛盾を感じたので、それについても

「霊魂と魂は、いったいどこが違うんですか?」
と聞いてみました。


すると、ご住職は面倒くさそうに

「あなた、何て言って欲しいんですか?どういえば納得するの?」

とぶっきらぼうに言ってきました。


「先ほど、ご住職さんのおっしゃったことで、もっと詳しく教えて頂きたいと思って質問しているだけです」

と答えるとご住職は黙ってしまいました。

 

しばらく沈黙が続いて、ご住職はいきなりこう言われました。
「浄土真宗がイヤなら他の宗派に行ってもらっていいですよ。自由です。どこの宗派でも仏教ですから。どうぞご自由に」

 

ご自由にと言われて、「はい、そうですか」とできるはずがありません。

父の一周忌の席で、このようなことを言われるのです。

本当に驚きました。


ご住職は続けて、

「葬儀なんてものは、ビジネスと考えてますから」

と平然と言います。

 

私もカチンときて、だったらビジネスとして、私を顧客と思って扱ってほしいんだけど、と喉まで出掛かっていましたが、言いませんでした。


浄土真宗の看板を背負って、住職という肩書きがつくだけで、自分が偉いんだ、という態度は、いったい何なのか、と思いましたが、これが仏の教えを説く人間なのか、と疑いの気持ちがフツフツと湧き上がってきます。

 

本当に残念な一周忌でした。

 

* * *

 

親鸞聖人が知られたら、どれほど悲しまれることでしょう。

住職としての務めを果たしているとはとても言えません。

 

このようなことでは、どんどん御門徒の皆様の心が離れていくばかりです。

 

蓮如上人が「門徒」とは言われず、「御」の字をつけられて「御門徒」とおっしゃった御心を、この住職にもよくよく知っていただきたいと思います。

 

 

 

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